Report Vol. 4
第4回:短期滞在の意義を高めるために
私の研究室では2〜3か月の短期研究留学を強く推奨し、渡航学生1人あたり20〜25万円程度の支援を毎年申請しています。 2012〜2018年度の7年間に当研究室から短期研究留学に出た人数は以下のとおりです。
- シドニー大学(オーストラリア)15名
- モナッシュ大学(オーストラリア・メルボルン)11名
- カリフォルニア大学デービス校(アメリカ)4名
- カーネギーメロン大学(アメリカ・ピッツバーグ)2名
- タンペレ大学(フィンランド)2名
- シュトットガルト大学(ドイツ)1名
2〜3か月の短期留学で何が身になるのか、ということはよく質問されます。 留学したほうが留学しないよりも研究が進むのか?という質問が最も回答の難しい質問です。 それは研究課題や訪問先の状況に強く依存する話であって一概には回答できないからです。 それでも私は留学を推奨しています。主に以下の理由があげられます。
- 日本の修士の学生(特に修士のうちに企業就職活動をする大半の学生)の生活はあまりにも目まぐるしいので、 せめて強制的に2〜3か月だけでも、研究と国際体験だけに専念する経験をつくってほしい。
- 完璧でなくてもいいから、自分の話す英語か伝わる体験、英語だらけの社会の中で生活する体験をして、国際的な仕事に就ける自信をつけてほしい。
では短期留学・短期滞在を意義の高いものにするにはどうすればいいか?ということになりますが、 私は以下が重要であると考え、留学計画中の学生ともこれをベースにして打ち合わせをしています。
- 1. どんな研究課題に着手したいか事前に考えておく。 研究課題は到着してから考える、ということでは遅い。状況によっては「この人は何をしにきたのか」と思われかねない。 着手したい研究課題を自分で事前に見つけるか、出発前から訪問先の研究課題について質問するなどしておく。 学生の場合には指導教員とも事前に議論したほうがよい。 しかし一方で、到着後の議論によって研究課題が全く別のものに変わる可能性も想定しておくべき。
- 2. 自分の研究成果のプレゼンを事前に用意する。 訪問先で突然「明日ゼミで自己紹介プレゼンして」と言われることが多いので、言われてから用意するのではなく、 出発前に用意しておく。英語での発表経験のない学生は指導教員をつかまえて英訳を添削してもらうべき。 こちらからアウトプットする材料を用意せずして有意義なアドバイスは得られないと考えるべき。 (もっとも私自身は既にプレゼン資料はたくさんあるので用意の手間は小さい。)
- 3. 受け入れ先のメリットを考える。 受け入れ先の研究室は多くの場合において、人を迎えることで研究成果が上がることを期待している。 その期待にどうやって応えるかを考えて渡航準備を進めるべきである。
- 4. 日本との用事を事前に減らす。 滞在中に期限を迎える提出物をできるだけ出発前に出してしまい、滞在先で催促を受けるものを極力減らす。 そのためには、出発1か月くらい前から仕事を前倒しできるものは計画的に前倒しするのがよい。 また、日本との電話・チャットでの会話の時間帯もあらかじめ決めておき、それ以外の時間帯には会話しないようにして、 メールのような非同期的な通信にとどめるほうがよい。
- 5. 食事などの誘いはすすんで受ける。 「同じ釜の飯を食った仲」という感覚は意外と万国共通に近いものがある(あくまでも私の経験では)。 さらに、食事などの誘いを受けた経験があれば、 逆に自分が日本で外国人を迎える立場になったときに何をすればいいか想像できるようになる。
- 6. 交通の便のいい場所に滞在する。 短期間の仮住まいは時間的効率があまりよくないので、少しでも交通の便のいい場所に滞在することで時間を稼ぐ。 また研究そのものだけでなく、週末の観光や共同研究者との交流によって帰りが遅くなる日があることも想定したほうがよい。
年を追うほどに難しくなるのが4.です。今回の場合、私は情報科学科の学科長を務めている年であり、 また9月に開催する国内研究会の委員長を務めており、さらに4月に実行委員長を務めた国際会議の残務がありました。 このような状況にあると日本の用事を事前に減らすように自分でコントロールするのは困難で、 どうしても一定量の雑務を海外滞在中に消化しないといけなくなります。 今回はいままでの海外出張で最も日本の雑務を減らしようがないタイミングでの出発となりました。 (もっとも、こんな状況でも3週間の不在を許してくれるだけでも、ありがたい環境かもしれませんが…。)
また今回の訪問先は宿泊先の選択が悩ましいところです。 バンクーバーは非常にホテル代が高く、ダウンタウンなどの中心街に長期間宿泊するのは予算面で現実的ではありません。 またダウンタウンからキャンパスにはバスや電車で40分以上かかるので、時間効率はあまりよくありません。 一方で大学キャンパス内には夕食や買い物の場所には恵まれておらず、人によっては不便や退屈を感じるでしょう。 その中間くらいの場所に住むのがバランスがいい選択かもしれませんが、ホテルはほとんどないに近く、AirBnBなどで宿を探す必要があります。 今回は自転車を借りられたことで、大学キャンパス内でも不便なく、かつ時間効率よく過ごせましたが、 こういう訪問先では人によって多種多様な選択があるかと思います。
学生の場合には、訪問先によって1.と2.が非常に重要になります。指導教員がサポートするべきであろうかと考えます。 また学生の場合には予算も限られているので、5.が悩ましいことになることが多いようです。
また特に学生が訪問する場合、受け入れ先が想定する研究レベルが千差万別だということを前提にする必要があるかと思います。 私が学生を送り出した経験からも
- トップ国際会議・トップ雑誌の掲載だけを目標にしていて、既にそれにふさわしい業績や学力を持っている学生しか受け入れない。
- 受け入れる学生のレベルは問わないが、結局はトップ国際会議・トップ雑誌の掲載を目標にして指導される。
- 受け入れる学生のレベルは問わず、訪問中の成果もできる範囲の論文化を目指す(トップ国際会議・トップ雑誌までいかなくてもいい)。
- 別に研究成果が論文にならなくても、外国人学生を迎えるのは単純に楽しいので、成果についてはなんでもいい。
短期滞在の限界
私が感じる最大の限界は「全く新しい研究分野に踏み出す動機にするのは難しい」という点です。 短期間で効率よく成果をあげるためには既に習熟した研究分野に従事するしかないと思いますし、受け入れ側も研究分野のマッチングがとれる形でしか短期滞在を受け入れてくれない場合が多いです。 言い換えれば、私のように短期滞在を数年ごとに繰り返している研究スタイルは、新しい研究分野に踏み込みにくくする研究スタイル、という可能性も否定できません。もう一つの限界は「ほとんど共同研究だけで終わってしまう」という点です。 他のことをする時間はないと考えるべきです。 今回の滞在を例にすると、滞在期間中にSIGGRAPHというトップ国際会議が同じ市内で開催されていました。 普通に考えるとせっかくの渡航なのでトップ国際会議に参加してもいいところです。 しかし今回のような短期滞在の場合、たった13日の滞在を受け入れ先での研究に専念せず、 5日間も国際会議の参加のために留守にしていたのでは、受け入れ先に失礼にあたるかもしれません。 SIGGRAPHに参加する人が誰もいない滞在先研究室ですので、なおさらのことです。
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