Scroll Browser: 「壁の中」

椎尾一郎
玉川大学工学部電子工学科
siio@eng.tamagawa.ac.jp

概要

Scroll Browserは、ペン型マウスの動きに連動して画面がスクロールする情報閲覧装置である。Scroll Browserは、バーコードリーダーとメカニカルマウスが組み合わされたペン型デバイスと、小型の表示装置からなる。使用者は、まず壁や机などの実世界に貼りつけられたバーコードを、ペン型デバイスで読み取る。次にペン型デバイスを接触させたまま移動すると、バーコードに割り当てられた画像情報を、スクロールさせながら表示装置で閲覧することが出来る。たとえば、壁のスイッチ周りの電気配線の様子をあらわす画像情報をバーコードに割り当てておけば、壁の中の配線の様子を、本装置を用いて閲覧することが出来る。


Scroll Browserを使っている様子。壁の中の配線の様子を見ている。

拡張現実 (Augmented Reality) の分野で研究されている、実世界に計算機情報を重ねあわせる機能を、Scroll Browserは非常に安価な装置で実現している。従来の装置が、大がかりな位置センサーやカメラを使った画像処理で実世界の情報を取り込んでいたのに対し、本装置は安価なメカニカルマウスで位置情報を得ている。

Scroll Browserの動作説明

メカニカルマウスは相対的な移動情報しか得ることが出来ない。そこでScroll Displayでは、バーコードのラベルを用いて、出発点の絶対的な位置を得ている。

IconSticker

筆者らは、計算機の画面と、実世界の間で継ぎ目のない情報の取り扱いを実現するあたらしい仕組みとしてIconSticker(詳細はこちら)を提案している。IconStickerは、アイコンの図柄、アイコンの名前、およびバーコードが印刷された紙片である。バーコード部分には、計算機の中のアイコン(の情報)を特定する識別情報が符号化されていて、これを走査すればこの情報にアクセスできる。これは、計算機の中のアイコンを、紙のアイコンとして実世界に取り出したものと位置づけられている。すなわち、画面の中のアイコンをIconStickerとして印刷することで、アイコンを画面の外に取り出し、実世界に並べる操作を可能にしている。


IconStickerの例。アイコンの図柄、名前、バーコードが
28 x 89 mm のラベル用紙に印刷される。

ペン型デバイス

Scroll Browserでは、バーコードリーダーとメカニカルマウスが組み合わされたペン型デバイスを用いて、仮想の情報を閲覧する。


バーコードリーダーとメカニカルマウスが組み合わされたペン型デバイス

使用者は壁などに貼られたIconStickerを、バーコードリーダーで走査する。この直後に、IconStickerの場所から、メカニカルマウスを壁から離さないようにしてこすっていくと、IconStickerの場所を原点とした画像情報を、手に持ったディスプレイで閲覧することが出来る。たとえば、壁スイッチ周りの壁の中の配線を調べたい場合は、このスイッチの近辺に貼られたIconStickerを走査し、次にスイッチ周りの壁をこすっていく。


バーコード部分を走査した後、壁をこすっていくと、壁の内部の様子を閲覧できる

Scroll Browserの課題

Scroll Browserはメカニカルマウスにより位置を測定しているので、壁の凹凸やボールの滑りなどにより誤差が生じる。また、デバイスの傾きを検出していないので、これによる誤差も生じる。実用的な応用実験によって、これらの誤差の問題点を検証することが今後の課題である。
一方、誤差の対策として、広い面積に対して情報を提供する場合には、複数のIconStickerを組み合わせることが考えられる。たとえば、コンセント一つ一つに、IconStickerを貼っていけば、そのコンセントの周りについてはある程度の精度を確保できる。
また、実世界の位置精度に対して寛容な応用分野もある。たとえば、掲示板に文書やURLなどのIconStickerを貼っておくとする。この掲示版をScroll Browserを使って閲覧すれば、掲示された文書やWWWページを、あたかもそこに印刷物が掲示されているかのように、スクロールしながら閲覧することが出来る。
現在の試作品では、ディスプレイとマウスが別の装置になっている。ディスプレイを小型化、軽量化できて、マウスと一体化させることが出来れば、実際にデバイスを当てた場所に映像を見ることが出来る。これにより、電子的な透視メガネでのぞき込んでいるというリアリティが増すことであろう。これは、筆者の以前の研究Scroll Display(詳細はこちら)を発展させた物になる。

作品「壁の中」について

提示される映像は、一種類である必要はない。IconStickerを多数貼りつければ、出発点にするIconStickerの違いで、壁の中の配線を、CADのような図面で見ることも、写真で見ることもできる。壁の中には、配線や配管のような、容易に想像できるものだけが入ってるわけではない。いろいろなIconStickerを試してみよう。落ち込んだねじくぎ、忘れ去られた工具、お金、なくした宝物が見つかるかもしれない。くもの巣がはり、虫が住みつき、小動物や奇怪な生き物が生活しているかもしれない。簡単には見ることができない壁の中のバーチャルリアリティを楽しんでいただけるだろうか。


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